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山形地方裁判所鶴岡支部 昭和42年(わ)123号 判決

被告人 大保英雄

昭一九・八・二一生 農業

主文

被告人を罰金一五、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は

第一、昭和四二年九月七日午前零時五分ごろ鶴岡市本町一丁目三番地所在焼鳥屋台店「ひでこ」から出て同所前付近道路において、普通乗用車を運転して発車しようとした際、これを目撃した同所を警ら中の鶴岡警察署巡査後藤栄男が近ずき車内の被告人から酒の臭を感じて被告人が酒気を帯びて運転するものと認めて停止を求められたのに拘らずこれに従わずに発車させ、

第二、前記日時場所において、右停止を求められるや、前日午後八時過ごろから午後一〇時半ごろまで知人らとビールを飲んで自動車を運転して鶴岡市内に来て少量のウイスキーを飲んで運転をしていたため、飲酒して運転したことが発覚することを虞れて逃走しようとして、急速に前記車両を発車させたところ、前記後藤巡査が右手で被告人運転の前記車両のハンドルを、左手でそのドアーを掴んで停止させようとしたので、同巡査をふり落してでも逃走しようと企て時速約二〇キロメートルに増速し、同巡査がハンドルから手を離すと転倒する危険があり、やむなくハンドルを掴んで小走りでほとんど引きずられたような状態になつているのに、あえて約二六メートル運転を継続し、もつて同巡査を引きずる暴行を加え、よつて同巡査をして道路右側の電柱に衝突の危険を感じさせて同車から手を放さざるの止むなきに至らせて同巡査を転倒させ、もつて同巡査に対し全治約五日間を要する右肘、左膝打撲傷、右下肢捻挫の傷害を与えた

ものである。

(証拠標目)(略)

(一)  なお、弁護人は判示第一の事実について、昭和四五年法律第八六号による改正前の道路交通法六七条一項(以下同じく改正前のもの)は「酒気を帯びて運転しているときは」と規定し「酒気を帯びて運転していると疑うに足りる相当な理由があるときは」という規定の仕方になつていないことに照らして、同条項による停止措置をとるためには客観的にみて「酒気を帯びていること」すなわち、身体に政令で定める呼気一リツトルにつき〇・二五ミリグラム以上のアルコールを保有する状態にあることを要し、したがつて被告人の行為は前記条項に該当しないと主張する。しかしながら道路交通法六七条一項の停止措置を規定した趣旨は同条二項の規定と相俟つて酒気を帯びて運転するときは、それが正常な運転のできない酒酔いの程度に至らなくとも、往々にして自己のみならず他人の生命、身体、財産に対して危害を及ぼすおそれがあるので、事前に右危険を予防するために執るべき措置を規定した趣旨のものと解されるところ、「酒気帯び運転」の認定の基準を取締警察官の主観のみに置くときはややもすれば濫用される弊害があり、ひいては憲法が保障する国民の基本的人権(行動の自由)の保障と抵触するおそれがあるといわねばならず、またその反面全く客観的に身体中のアルコール度が政令に定める程度以上のものであることが認定されなければ停止の措置に出ることができないとするならば、運転者が全く泥酔状態にあるか、あるいは任意に検知管測定に応じて政令で定めるアルコール量が検出されたにも拘らず運転しようとした場合などのごく特殊な事例に限定されることになり、これでは前記各条項の停止措置の規定を設けた趣旨が全く没却されることにもなりかねないので、右規定の趣旨を実効あらしめ、しかもその運用が恣意にわたらないような解釈基準が妥当である。それ故、道路交通法六七条一項の「酒気帯び運転と認める」というためには、警察官が取締当時に認識した客観的情況から合理的に判断して身体に政令で定める前記程度以上のアルコールを保有していること、すなわち酒気を帯びて運転していると認める相当な理由があれば足りると解するのが相当である。しかるところ、前掲証拠によつて、警ら中の後藤巡査が、深夜の焼鳥屋台店から出て来た被告人が付近に駐車していた自動車に乗り発進しようとしたのを目撃し、これに付近き運転免許証の提示を求めたところ、車中の被告人から相当に強い酒の臭いをかいだので、右の客観的な状況から被告人が相当に多量の飲酒をして運転するものと判断して交通事故を起すことをおそれて停止の措置に出たものであることが認められ、右認定によれば後藤巡査は被告人が正常な運転のできない酒酔い運転をするおそれがあると判断して停止の措置に出たものと思料されるが、後藤巡査が認識した前記客観的事情からして直ちに酒酔い運転をするものと判断したことは相当であるかはかなり疑問であるが、しかし少なくとも後藤巡査の右酒酔い運転の認識には酒気帯び運転をするものとする認識も当然含まれているものと解されるので、右認定の情況よりして後藤巡査が少なくとも酒気帯び運転をするものと判断して停止の措置に出たことは相当であるというべきであり(しかも被告人はそのまま逃走したので、被告人は判示第二の事実に記載のとおり飲酒していたがそのアルコール量を客観的に検出することはできなかつたものである)、被告人が後藤巡査の停止の措置に従わなかつたことは前掲証拠によつて明らかである。よつて、弁護人の前記主張は採用の限りでない。

(二)  つぎに、弁護人は判示第二の事実につき、被告人は後藤巡査の質問、制止、逮捕に応じなかつただけで積極的な暴行の意思はなかつたと主張するが、前掲証拠をそう合すれば、被告人は自動車を発車させようとした際、後藤巡査からハンドルを握られて停止を求められたので、飲酒運転の発覚をおそれてこれを振切つて逃げようと考えて時速約二〇キロメートル位に増進したため(被告人の第六回公判調書中の供述部分には、後藤巡査がどこを掴んでいたかは判らない旨の供述があるが、同供述部分において被告人は後藤巡査の持つていた懐中電燈がハンドルの輪の中にぶらぶらしていた記憶がある旨を述べていることおよび被告人の司法警察員および検察官に対する供述調書の記載に照らして、前記供述は措信できない。)、後藤巡査が手を離すと転倒する危険があり、そのため小走りについていつたが、足がもつれてほとんど引きずられるような状態にあつたことが認められるから(したがつて、弁護人が主張する如く後藤巡査は何時でも任意に手を離して身の安全を確保することができる状態にはなかつたものである。)、被告人が発車ののち後藤巡査がハンドルを掴んでいる状態で増速して後藤巡査を右の如く引きずつた状態で約二六メートル位運転進行した行為は、後藤巡査を自動車で引きずつたものと同視してよく、したがつて後藤巡査に対する有形力の行使として暴行とみなされ、その結果後藤巡査が自動車から手を離して転倒して受けた判示傷害は右の暴行と相当因果関係にあり、したがつて被告人は右傷害につき有罪というべきである。よつて、弁護人の前記主張もこれまた採用の限りではない。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は昭和四五年法律第八六号(道路交通法の一部を改正する法律)による改正前の道路交通法六七条一項、一一九条一項八号に、判示第二の所為は刑法二〇四条、罰金等臨時措置法三条に各該当するので、右各所定刑中いずれも罰金刑を選択し、右は刑法四五条前段の併合罪なので、同法四八条二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で被告人を罰金一五、〇〇〇円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文を適用してこれを全部被告人に負担させることとする。

なお、量刑について一言すると、本件は被告人が警ら中の警察官に飲酒運転することが発覚することを虞れて逃走しようとして、これを逃がすまいとしてハンドルに手をかけている警察官をほとんど引きずるような状態で車両を進行させたことに原因するものであつて、その動機、態様はともに悪質であるといわねばならない。しかしながら、その行為に出でるにいたつた動機については諒とされるところがあるものの、取締警察官が法の予定する範囲を逸脱して進行する車両を停めようとしてハンドルを掴むというそれ自体まことに危険な行為を敢えてした違法な取締行為にも本件の一端の原因があることおよび警察官の受傷の程度が全治約五日間という軽微なものであつたことならびに本件公訴事実中公務執行妨害罪が後記理由により無罪であることおよび被告人にはこれまで道路交通法違反罪により罰金に処せられた前歴はあるが、二回に止まつていることなどを併せ考えると、本件判示各所為につき懲役刑をもつて処断することは相当でなく、各所定刑中いずれも罰金刑をもつて処断することを相当と思料するので、前記の量刑をした次第である。

(一部無罪の理由)

本件公訴事実中公務執行妨害罪の訴因は「……同巡査(後藤巡査)において、被告人がそのまま(酒酔い)運転を続けるときは、交通事故を惹起する虞れがあると認めたところから、引続き被告人の右運転を停止させて職務質問を行なうべく同車のハンドルおよびドアーを掴んで停止を求めたが、被告人はこれを知りながら同巡査をふり落しても逃走しようと決意し、そのまま時速約二〇キロメートルで同巡査を引きずりながら進行し、約二六メートル進行した際、道路右側の電柱に衝突の危険を感じて同車から手を放した同巡査をして路上に転倒させて同巡査に暴行を加え、もつて同巡査の右停止要求および職務質問の職務の執行を妨害し……」とあるに、右暴行の外形事実は判示第二のとおり認定されるところであるが、右暴行が警察官の公務執行を妨害した罪になるかについては、右の公務の執行行為は適法なることを要するところ、検察官は右にいう警察官の職務とは道路交通法六七条一項および警察官職務執行法二条に基くものであると主張するので、検討するに、右両法条によれば警察官は酒気帯び運転をすると認めたときは道路交通法六七条一項により、また酒酔い運転をすると認めたときは警察官職務執行法二条により、いずれも車両の停止を求めて職務質問をすることができるが(前記判示によれば、酒気帯び運転をしていると認めて停止を求めたことは適法というべきであるが、警察官職務執行法二条による停止措置は犯罪行為たる酒酔い運転行為をするおそれがあることが要件となつているので、前述のとおり後藤巡査が認識した前記客観的事情から直ちに正常な運転のできない酒酔い運転をするおそれがあると判断したことが相当であるかは疑問というべきである)、現行刑事訴訟法が実力による強制は原則として裁判官の発した令状によるとしてその要件を厳格にしている趣旨からいつても、右停止の措置はあくまでも任意の停止を求めるべきであつて(道路交通法六七条一項の規定による警察官の停止に従わなかつた場合には、同法一一九条一項八号による罰則の定めがあり、これによつて、その実効性が担保されているのである)、精々肩に手をかけて停止を促すなど説得の手段としての限度における多少の物理力の行使は許されるとしても、それ以上の強制にわたる実力による停止は許されず、本件の如く車両のドアーのみならずハンドルを掴んで止めようとした判示警察官の行為は、右停止行為がドアーを押える程度ならばとも角もハンドルを掴んで停止させたうえ職務質問しようとするに至つては密閉された車内の被告人を逮捕する行為とほとんど同視できる程度の実力行使と考えられ、しかも右発車せんとする車両のハンドルを掴んで停止させようとする行為自体ハンドル操作を誤らせる甚だ危険な行為であるというべきであつて、前記許された実力行使の範囲を逸脱した違法な行為というべきであり、被告人の判示第二の暴行は公務執行妨害の罪を構成しないというべきであるが、右罪は判示第二の暴行による傷害の罪と一所為数法の関係にあるとして起訴されているから、主文においてとくに無罪の言渡をしない。

よつて、主文のとおり判決する。

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